ニコンの良心か、はたまた撒き餌なのか?圧倒的CPの超望遠ズーム
当初からNIKKOR Zのロードマップに200-600mmとして記載され多大な注目と期待を集めるも、なかなか登場しなかった超望遠ズームがワイド側を180mmに拡大してついに発売となった。Fマウント200-500mmのZマウント版としてその価格にも「期待大」であったが、果たして20万円台前半と嬉しいプライス。しかもレンズ全長が変わらないインターナルズーム採用仕様で操作性、剛性感は大幅アップの高コストパフォーマンス。Zシリーズへ移行するにあたり、このレンズの登場を待っていたユーザーも多いのではないだろうか。
いざ鈴鹿サーキットへ!
いざインプレの地はF1日本GPも開催される「世界の」鈴鹿サーキット。8月末に行われたスーパーGT選手権第5戦で実戦投入だ。我々がレース撮影において多用する焦点距離は大体300mmから500mm。この焦点域を含むズームレンズ、某社の100-500mmや60-600mmなどが重宝がられ仕事仲間でもユーザーが多い。この180-600mmは、NIKKOR Zで初めてそのド真ん中をカバーする、プロユースでも実用性の高いズームレンジだ。
決勝レースのスタートをカメラスタンドから撮影する場合、その撮影距離は数百メートルから数十メートルまでと大きく変化する。この180-600mmはまさしくそういった場面にうってつけなのだ。スタート瞬間を600mmで、そして連続撮影しながらワイド側へズームアウト。その際、180mm側まで左手の持ち替え無しで一気にズームアウトできる適度な回転角だ。レンズ全長がズーミングによって変化しないインターナルズームではあるが、欲を言えばもう少しズームリングが軽ければと感じた。
Fマウントの180-400mmなどは指2本で軽々操作できるが、このレンズは左手全体でしっかり回す感じだ。価格が一桁も異なるハイスペックレンズと比べても仕方ないが、ズーミングで動くレンズ群が多いのだろうと想像はできる。急激にズームさせると一瞬ファインダー像の乱れ(ピント移動?)を感じさせることがあったのもそういう理由によるものだろうが、この高CPレンズの魅力にはそんな些細なことは問題にならない。
クロップでも実用になる素性の良い描写
ところでサーキットでの超望遠撮影で最大の敵は何か?それは路面温度の上昇により発生する陽炎だ。どんなにシャープなレンズを使っても、ピントがボヤっとした画像になってしまう。この影響を低減するには被写体との距離を縮めることしかない。400㎜付近のレンズが多用されるのはそういった理由によるものだ。だからといって超望遠での撮影を諦めているワケではない。好条件が整えばトライする、その条件を見極めるのもプロには必要だ。前置きが長くなってしまったが、要するに600mmのクロップ、900mm相当の撮影を試してみたかったのだ。
その機会は決勝レース終盤、気温が下がりやや涼しいと感じ始めた時間帯に訪れる。コースサイドの比較的高い位置から、コーナーへ向かうマシンを遠くから撮影する。600㎜をDXクロップして900mm相当、かなり手前からマシンを追えるのでAFは問題なく、画面いっぱいになるまでピントを追い続けレリーズ。結果は大満足、やや線は太くなるがシャープ感は損なわれていなかった。
スーパーGT選手権の決勝レースで使用したが、限られた状況でバリエーション豊富なシーンを撮影できる、非常に便利なズームレンズという印象だ。AFはSTM駆動だがスーパーGTのレース撮影では十分な速度で遅れることもなく、条件さえ良ければ600mm域での描写は、Z NIKKOR共通の線の細いシャープな画像だ。筆者はZ 100-400mmを所有し、日常からサーキットまで幅広く使用しているのだが、レース取材のためだけにこのレンズを追加購入してもいいくらい、使用感が価格を大きく上回る極めてコストパフォーマンスの高いレンズだ。サーキットで撮影するユーザーの皆さんにもお勧めできる、絞り開放から使える超望遠ズームレンズ!だ。
S-Lineのアイツより近接能力の高いコンパクト&大口径な望遠ズーム
気が付けば17-28mm f2.8、28-75mm f2.8と、NIKKOR Zにシリーズ化されつつあるフィルター径67mmのf2.8の、誰が名付けたか「T-Line」シリーズに望遠ズームが加わった。すでにS-LineにはNIKKOR Z 70-200mm f/2.8 VR Sがあり価格も30万円超となってしまっているが、こちらは70-180mmとテレ側を20mm短くしVR機構を搭載しないことで軽量コンパクト、お値段も半分強に収まっている。
サーキットでのサブカメラに最適な軽量大口径
サーキットのコースサイドに出る時には必ずカメラを2台は持っていく。機材トラブルによる撮影不能を避けるためだ。今回は1台に前述の180-600mmを、そしてもう1台にはサブとしてこの70-180mmを装着しコースで撮影した。超望遠レンズには一脚を付けて撮影し一脚を担いで移動するが、もう1台はカメラのストラップで常時肩から下げていることが多い。そこでじわじわ効いてくるのがその重量で、サブカメラの70-200mmクラスにはできるだけ軽いものを選びたい。もちろんAFスピードはそこそこ必要、さらに開放値が明るければ言うことはない。
このNIKKOR Z 70-180mm f/2.8は、まさしくその用途にピッタリだ。このレンジでマシンを正面気味に捉えることはまずなく、主にマシンサイドを流し気味に撮影するのだが、実はマシンに近づくことで相対的にスピードが上がっている。上級モデルの70-200mm f2.8 VR Sは、フォーカス群を2個のステッピングモーターで挟み込み高速AFを実現している。一方、この70-180mmはシングルSTMながらレンズ群の軽量化も手伝い、実用上十分なAF速度という印象だ。レンズ側にVRが無くともZ9ではボディ内ブレ補正が働くので、低速シャッター使用時でも不便に感じることはないだろう。
ポートレートや簡易マクロ、実用域で使い勝手の良さが光る
ニコンのサイトによるとこのレンズは絞り値で描写が変化するらしく、「絞り開放では柔らかい描写で…」とある。そこで顔なじみのレースクイーンを絞り開放で撮影させていただいた。ピントの合った目の部分は非常にシャープで柔らかさは全く感じない。では背景はというと、ピット内ということで直線的な物が多いがキレイにボケているような...。
また広角域での最短撮影距離が0.27mということで、クローズアップ撮影もできるとのこと。そこでマシンのフロントエンブレムに寄ってみた。試してみると70mmよりも少しだけズームインした方がより大きく写せるようだ。被写体が平面だと画像周辺で像の流れが発生するので奥行きのある構図で撮影することがポイント。ニッコールレンズは光学性能を担保するために最短撮影距離を制限する傾向にあったように思っていたのだが、多少光学性能を犠牲にしてでも寄れた方が実用性が高いというユーザーの声に耳を傾けたようだ。ニコンのこの発想の転換を歓迎したい。筆者所有のZ 24-200mmももう少し寄れたらなあ…。
NIKKOR Zの魅力を高める高CPな2本でした
今回は2本セットでのサーキットインプレッションとなった。180-600mmは主にスポーツシーンや野鳥撮影で活躍するだろう。一方、70-180mmはシーンを選ばずオールマイティな撮影が楽しめ、特にクローズアップ領域ではS-Lineの70-200mmの上をいく。コストパフォーマンス的には180-600mmが突出しているが、70-180mmの使い勝手の良さは十分価格に見合うものだろう。待望の超望遠ズームをラインアップしたことで、Z NIKKORレンズはほぼすべての焦点距離域を網羅したことになる。今後もさらに個性的なレンズの登場に期待したい。
Photo & Report :井上雅行 (モーターマガジン社写真部 & JRPA 所属)
撮影協力:ホンダモビリティランド株式会社 鈴鹿サーキット、株式会社GTアソシエイション