写真の新たな媒体、SNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)。この連載では写真家・中野幸英さんが、SNSから生まれた新たな文法=リテラシーを実際に投稿者と会って検証・共有していきます。今回は工藤玲音さん(盛岡市在住)をご紹介します。この記事は月刊カメラマン誌に掲載されたものです。

生活を書く

Twitterを始めて玲音さんは日常生活を書く人たちに影響を受けたという。インフルエンサーという言葉が出てくるまだ前のことだ。「日常を書く」といってもSNSと作品では何が違うのだろうか。この自分の中にある、もやもやとする部分を彼女に聴きたかったのだが、彼女は作品とSNSでは全く別なものだと簡潔に答えてくれた。

そもそもこの質問も、SNSでもリアルタイム用というアカウントを持っている彼女にはあまり意味が無いように思える。botとよばれる構成の揃ったアカウントや感情に肉薄したリアルタイムのアカウントも、そして作品も、別の形ではあるが同じく日々の生活を伝えているからだ。

写真を撮るために市内の東側を流れている中津川沿いを歩くと5月の岩手は少し肌寒く、また別の常連の喫茶店に入ると、お店の人や他の客が暖かく彼女に声を掛けてくる。出てきたケーキを真俯瞰で撮る姿が、文筆家という印象を変えるほど姿勢を正していて、表現者として彼女の真の強さをうかがうことができた。

リアルタイムのSNSの更新は基本的に続いていくもので、作品には必ず終わりがある。そんなことかもしれないなと、帰りの東北道で自分の質問が核心に触れられなかったような気がしてきて、くよくよとハンドルを握って帰った。

その夏の手料理

玲音さんは大学時代、同じ東北でも宮城県仙台市で一人暮らしをしていた。料理好きだった母親の影響もあり、よく手料理を友人に振舞っていたという。当時はTwitterにも料理写真を上げていたそうだ。

一方「私を空腹にしないほうがいい」に出てくるのはその大学生活で21歳、2016年6月の日々。恋愛や人生の岐路に立って不安定な日々と、プレッシャーに押しつぶされないように作る料理という知恵。強がる気持ちと淡い昔の思い出が交錯する文面の横には、夏の日射しが作る強い光と陰影ある料理写真。夏野菜や時に豪快などんぶり、美しい焼き魚の姿。

弱さと強さが滲んでくるページには、きっと誰もが共感できる汗ばむような独り暮らしの感覚が綴じ込まれている。

写真・文は中野幸英さん

画像: 写真家。作品制作、コマーシャル撮影をはじめ、動画撮影や講師、東北復興プロジェクトのメディア担当など多岐に活動。

写真家。作品制作、コマーシャル撮影をはじめ、動画撮影や講師、東北復興プロジェクトのメディア担当など多岐に活動。

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