コシナ Voigtlander NOKTON 55mm F1.2 SL Ⅱs 主な仕様
●焦点距離:55mm
●最短撮影距離:0.45m
●最大撮影倍率:1:6.2
●レンズ構成:6群7枚
●最小絞り:F16
●絞り羽枚数:9枚
●フィルターサイズ:52mm
●大きさ・重さ:φ69×48.1mm・365g
●付属品:-
Fマウント、しかも開放F1.2の新製品!
製品ページを開いてみると冒頭から「35mm判一眼レフ、創成期へのオマージュ」というマニア心をくすぐるアピール。レンズ沼、あるいはレンズの大草原、もしくは青天井の世界に身を投じた皆様にとっては常識かも知れませんが、何を言っているのか良く分からないと思います。が、それが正常ですので安心して下さい。
「創成期へのオマージュ」とは、約60年前に登場したNikkor-S Auto 55mmF1.2(1965年発売)を最新の技術で作り直したらどうなるのか? その情熱を抑えることが出来なかったのだと、筆者は捉えています。ま、ほぼほぼラブレターだな。
資料はこちらに。Nikkor-S Auto 55mmF1.2のお話は以下にて紹介されています。
で、コシナの製品ページはこちら。
本レンズの構成図をみてみると、ガウスタイプのお手本のような構成。実は、というかNikkor-S Auto 55mmF1.2と構成が大変近似しています。上記のリンクから、ぜひご自身で構成図を見比べてニヤニヤしてみてください。
NOKTON35mmF0.9 X-mountなどでアピールされているGAレンズ(超高精度の研削非球面レンズ)などの採用は無く、6群7枚の全てを球面レンズで構成する徹底っぷりも見事だね。
本レンズのクレイジーポイントは、Ai連動方式かつ電子接点を持つ「P」タイプでこのスペックを実現したことです。というのも後玉径の都合で構造的にレンズ後玉を固定する枠と電子接点を共存させるスペースを捻出できなかったことから、FマウントレンズではF1.2のレンズに電子接点を設けられませんでした。その憂さ晴らしをZマウントで行っているようにも見えますね。
公式ページには「こだわりのディティール」としてかるーく紹介されていますが、並大抵のことではないと思いますよ。
後玉を固定する件の詳しい話は“デジカメ Watch”の紹介記事がたいへん分かり易いのでそちらを御覧ください。
「これ、ニッコールじゃん」詳しい人ほど間違えそう?
話を戻します。本レンズはAiカプラーを持ち、CPU内蔵Ai-S互換となっているので、ニコンFからD780まで幅広い世代のボディで遊び倒すことが出来ます。もちろん、FTZアダプターでZとも蜜月になれます。デジタルカメラではExifに撮影データが残ります。
外観デザインもパッと見で「これ、ニッコールじゃん」と感じさせられるコダワリというか、ここまで来るともはや倒錯なんだけど、よく会社がこの暴挙を許したな、と。感心を越えて心配です。
が、道楽に対するこの造詣の深さは見事という他ありません。本当は本家であるメーカーがこういう事やるべきだよね。自分がユーザーなら嬉しいよ。
ま、こうしてコシナさんが対応してくれることを幸せに感じる日々も良いのかな? とは思うけれども。
ご覧の通り外観は激マブです。イチイチ語るのは野暮ってもんです。
こういう佇まいのデザインを、メーカーさんは製品で表現して欲しいよね。クラシカルにしろって言ってんじゃなくて品を良くしてくれって話です。大事に使いたくなるじゃない? すると撮影マナーも良くなると思うのよね。モノが人を作ることだってあるでしょうに。
サイズはコンパクトにまとまっていて、フード込で全長約75mm。重さもフード込で約400g弱しかありませんが、手に収めるとズシリとした心地良い重みを感じられます。この静かな重みに「写真レンズってこの感じだよね」という懐かしさがあります。
同時に、フルサイズのイメージサークルに対応するF1.2のレンズがこのサイズに収まるのだな、という新鮮な驚きもあります。Z 50mm F/1.2 Sは全長約150mmに約1.1kgだもんね。一眼レフで言えば、Outs 1.4/55みたいな約1kgのレンズもあるけれどもね。
絞りリングのクリックは1段刻み。あれ? と思って私物のFマウントレンズ(Ai35mmF1.4SとAF50mmF1.4D)を見てみると…1段刻みでした。長らくFマウントレンズに触れていないので忘れていましたが、そう言えば中間絞りで撮ったりしてたな、と。たまに触れると発見があります。
「MFレンズのお作法」も完全再現?
ピントリングを操作するとオーバーインフの設定が極々僅かしかなく「MFレンズといえばこうだったな」という気持ちに。AF用レンズではAF駆動のための「遊び」であったり、製造誤差を許容するためであったり、レンズのフォーカス方式の特性やボディ側の公差の都合など、様々な理由によって無限遠よりも先に少し余裕が設定されています。
ちなみに、フォクトレンダーレンズの全てがオーバーインフ設定になっていないか? というとそうでもなく、例えばZマウント用のAPO-LANTHAR35mmF2でもオーバーインフを取った設定になっています。
オーバーインフの少ないレンズの場合、ボディ側の個体差や組み合わせるレンズによっては無限遠が出ないこともあります。これはレンズ側とボディ側の調整値がそれぞれ公差内であっても、組み合わせによっては範囲外となってしまう場合がある為です。
こうした知識があれば、MFレンズをはじめて使う時に、仮に無限遠が出なかった際「壊れてる!」とパニックになる前に「これはオーバーインフの設定かもしれない」と推測を立てることが出来ますね。
先に白状しておくと、本レンズと今回試用したD850の組み合わせでは無限遠が出ませんでした。念のため私物のAi35mmF1.4Sでも試してみたところ、同様に無限遠が出なかったのでボディ側が公差ギリギリで、真夏の運用のために温度によって範囲外になってしまった、などの可能性があります。
精度の高いレンズの場合はこうしたシーンに遭遇する場合もあり、ものづくりの面白さや難しさを実感する瞬間でもあります。念のため、Z 6ⅡにFTZ2アダプターを組み合わせた場合のチェックもしましたが、こちらは問題なく無限遠が出ました。
ちなみに、仮に無限遠が出なくても近距離側ではピント合焦出来るので、使い方次第では全く問題ありません。実際に筆者も標準レンズクラスを使う場合、テスト以外では無限遠で撮ることは滅多にありません。ワイドレンズで無限遠出ないと困るけどね。
そうは言ってもデジイチで開放F1.2はキツいかも…。
実写した感想は「AF一眼レフだと満足にMF出来ねぇ」でした。D850はかなり素敵なOVFを持っていますが、歳のせいかピントの山を掴み切ることが難しかった。フォーカスエイドについても、あくまでも目安程度なので、気合で乗り切るか、LVで拡大してMFするかの2択です。前者の方が楽しく、LVだと作業感がスゴイ。なので、今回は意地と気合のOVFでやってやりましたとも。
魔が差したので、何となくフィルム機のNewFM2に組み合わせたら普通にピントが見えました。MF機のファインダースクリーンって本当に素晴らしいね。
レンズ描写は、写りは開放絞りや近距離では球面収差によって柔らかな描写。絞り開放からシャープで切れの良いレンズが多い昨今、優しい描写に癒やされます。絞りを開けていると周辺光量の低下もあるので、表現によっては被写体や画面中央部に視線を集める効果を期待できます。
フラットにしたい場合はF4程度まで絞る必要がありますが、ここまで絞ると見事なシャープネスで「そんな表情も持ってるの?」と嬉しい気持ちに。こうしたキレの良さは最新レンズだな、と思わせられる点でしょう。クラシックレンズと最新技術の融合は、コシナ以外のメーカーからも提案して欲しいものです。
GFX50Rでも十分楽しめましたよ。
ってのが、D850での話。Zで使ってみると絞り開放から結構シャープ。あれ? と思ったので、NikonFマウント→GFXマウントアダプターを持っていることもあり、試しにGFX50Rと組み合わせてみたところ、やはりZで撮るのと近似した印象。
やはりOVFだとピント精度が微妙に甘いのかなぁ…。1コマ辺りかなり枚数を撮って(人間ピントブラケット)、一番キレの良いコマを選んだのだけれども、ミラーレス機と組み合わせた方がシャープさで言えば上でした。
基本的な特性はD850と同じだけど、ピント面前後の収差量が半絞り程度少ないイメージ。同一条件での比較はしていないので、あくまでも印象論です。どちらも魅力的で、D850の雰囲気のある写りも良いし、ミラーレス機で味わう少しキリッとしつつもクラシカルな雰囲気もある描写も楽しいので、気分によって使い分けたいね。
作例を見ても分かる通り、イメージサークル的にはさすがに44x33mmのラージフォーマット機には対応していません。が、至近側でかつ絞りを開けているとケラレが気にならないシーンもありました。
AF一眼レフとミラーレスで比べた場合の楽しさについては、作例撮影って観点で言えば当社比2倍で楽しかったのがミラーレス機。EVFのがピントが分かり易いってのが最大の理由です。
趣味なら良いのかも知れないけれど、やっぱり掴みきれないのは疲れるからね。もっと使い込めばピントをビシバシ当てられる様になると思いますが、試用期間程度では正直難しいです。
ってことで、久々の光学一眼レフでの撮影は楽しいだけでは無かったけれど、色々な発見があり充実した時間でした。
デザイン的にも質感的にも上質なこともあり、休憩中にも機材に触れている時間が長くて、写真学生に戻ったような心地だったのも新鮮。ま、「カメラマンリターンズ#8」のインプレでライカ M11 Monochromに触れたときも同様に写真学生時代のワクワク感を味わえたから、プリミティブだけど高精度なものに触れるという体験が、そういう感情を想起させるのだろうね。
そんなこんなで、本レンズはとても満足感が高いです。