ついに…と言うべきか、やっと…と言うべきか、待望のRFレンズのスタンダード85mmが登場した。これまでのRF85㎜は、超弩級のF1.2LおよびF1.2DSと、どちらかというとマクロ寄りのF2のみだった。ということで大いなる期待とともにテストに臨んだ。

野下義光氏プロフィール
1963年生まれ 熊本県出身。中学三年生から写真を始めると同時に縁あったのか、月刊カメラマン創刊。以来読者として関わる。4年間のサラリーマン経験を経て、夢を追い故大山文彦に師事。ポートレートにおいては、月刊カメラマンの表紙・巻頭グラビアも担当し、多数のアイドルグラビア写真集にも携わる。近年は、料理からモータースポーツなど、広告媒体で幅広く活躍中。AE-1以来の生粋のキヤノン党。

※撮影共通データ
■キヤノン EOS R5 Mark Ⅱ  ISO200 高輝度側諧調優先D+ CRAWからDPP4にて現像 ピクチャースタイル:ニュートラル
○モデル:沙倉しずか

キヤノンRF85mm F1.4 L VCM 主な仕様

●焦点距離:85mm
●最短撮影距離:0.75m
●最大撮影倍率:0.12倍
●レンズ構成:10群14枚
●最小絞り:F16
●絞り羽枚数:11枚
●フィルターサイズ:67mm
●大きさ・重さ:φ76.5×99.3mm・約636g
●付属品:ポーチ フード

IS=手ブレ補正の省略はそれほど痛くない?

レンズフードは付属する。このレンズに限った話ではないが、レンズフードが浅い場合が多い。筆者は他のレンズフードを現物合わせで貼り付けて、自作している。レンズフードは、フレアを防ぎレンズ性能を最大限引き出すことはもちろん、風雪や物理的衝撃(つまりぶつけるとか)からのレンズ保護にもなる重要なアイテムだ。

まずは箱から取り出して手に持つ。お、これは以前レビューしたRF50mm F1.4 L VCMとそっくり。それもそのはず、20mm、24mm、35mm、50mmと鏡筒を共通化したシリーズの一環であるからだ(因みに、広角側でもう一本予定されているらしい)。

クルマの共通プラットフォームを彷彿とさせるが、共通化させることで製造コストが抑えられ、販売価格に反映されているならば、ユーザーにとって嬉しい限りだ。

さて、筆者の手のひらに軽く収まるサイズ感は、かつてのEF85mm F1.8 USMよりもコンパクトで、更に記憶を遡るとFD85mm F1.8と同等の印象。それでいて開放F値がF1.4な訳なので、いにしえのO社のCMの和尚さんもビックリするに違いない(笑)

レンズ重量は約636g。筆者の愛機EOS R5 MarkⅡにはクーリングファン付きのバッテリーグリップ"CF-R20EP"を装着しているが、レンズが軽いので、さほど重たいとは思わない。

では早速、現在の筆者の愛機=EOS R5 Mark Ⅱに装着。
ムムム! これは大きすぎず、さりとて小さすぎずジャストなサイズと重量感。今でも愛用しているEF85mm F1.4L IS USMよりひと回り、いやふた回りはコンパクト。ISは省かれたとは言え、ここまでコンパクトにできたのは、ミラーレスの短いフランジバックによる設計自由度の高さの賜物だろうか?

鏡筒が細いので、三脚の大型雲台でも、バッテリーグリップやスペーサーなしで取り付けられる。個人的には、バッテリーグリップなしの方がホールディングバランスは良いと感じた。

一般に「レンズとカメラ両方にISがあれば協調補正でカメラ単体よりも手ブレ補正効果が高まる場合がある」と謳われているが、ことポートレートにおいては被写体ブレを防ぐため1/250秒以上のシャッター速度で撮ることがほとんど。なので、そこまでの手ブレ補正効果は必ずしも無くてはならないものではない。つまり、ISが省かれても全く問題なし。と、筆者は思っている。

作動音は完全無音のUSMと比べたら聞こえることは聞こえる。とても静かだが無音という訳ではない。キヤノンはEFレンズで初めて採用したUSMをRFレンズでも用いており、動画も見据えてレンズ毎に最適なモーターを選択しているのであろう。

ポートレートにおける描写力は? まずは解像感。

解像感、ボケ味、質感描写、立体感、非の打ち所がなし。どんなに粗探ししても、ダメなところが見つけられない。参りました。
■絞りF1.4 1/2000秒 フルサイズ

最初に申し上げておきますが、レンズやカメラ等のレビューはレビュワーの得意分野や撮影スタイルや価値観によるもので、仮に全く同じレンズやカメラ等でも真逆の評価となったりする場合もあります。

たとえば、かつて(30年以上前)、某社が威信をかけて販売した180mm F2.5。これは! と思って購入したのだが、確かに解像感は当時の常識を遥かに超える水準だった。しかし、立体感やボケ味は正直イマイチで、わざわざ買ったものの使うのを止めてしまった。

ところが、天体撮影の方々には神レンズと崇められていることを後に知ります。確かに天体撮影であれば立体感やボケ味は不要で解像感こそ信条。撮影者によって求めるレンズ性能は異なることを学びました。
ということで、あくまで私、野下義光がポートレートで感じた印象を述べます。

ではあらためて。えーとですね、良いですよ! とても良い!! どんなに粗探ししようが重箱の隅をつつこうが、ダメなところを見つけることができません。このレンズで描写がイマイチと思うのであれば、自分の腕の方を疑うべきです。ハイ。

まずは解像感。やはり現代のレンズです。開放F1.4から解像感MAX、昔々は開放から2絞りせめて1絞りは絞らないと(ハッキリ言って)使い物にならなかったのは、昭和の時代のお話。開放F1.4を用いることへの躊躇は全く不要となりました。

なお、解像感が高いことはレンズとしては正義であるが、ポートレートでは常に正義だとは限りません。特にアップの作品を仕上げる際は、画面全体に一律にシャープネスを施すと不要な部分まで際立ってしまう。なので筆者は、瞳(黒目)とまつ毛だけしっかりシャープネスをかけて、髪の毛は軽いシャープネス、それ以外は素の3枚をレイヤーして、良いとこ取りして仕上げています。

でもって、お次はボケ味!

背景が何なのかわからなくなる程に大きくボケる望遠・超望遠と違って、シチュエーションを演出し画面に奥行き感を表せるのが中望遠85mmの特徴。レンズの描写が良いので、更に立体感が際立った。
■絞りF1.4 1/2000秒 フルサイズ

次にボケ味。これも理想的。ボケの形は丸くて自然、輪郭はふんわり、ボケの内部に変な線や濁りもナシ。画面周辺には口径食は多少あるにはあるが、これはこれで中望遠の雰囲気を表す演出となる。

これだけ理想的なボケ味なので、生成AIを使った背景の不要な映り込みの消去や背景を拡大しても、レンズオリジナルのボケ味が負けないので違和感なく仕上げられる。生成AIを用いた作品仕上げが当たり前となった現代では重要な要素だ。

●生成AIで背景処理

撮影時にままならない背景は生成AIで処理している。生成AIの方が理想的なボケを作ってしまうのだが、このレンズは生成AIに負けないくらいボケが綺麗なので、違和感なく仕上がった。

また、ピントが合った点から前後に徐々にボケていく描写も素晴らしく、被写体の立体感やシチュエーションの雰囲気を表すことを担っている。この立体感と質感描写、更にコントラストこそが単焦点レンズの信条であり醍醐味。

たとえば筆者が、限られた時間や条件の中で必要とされるカットを手際よく撮影せねばならない依頼仕事で専ら用いているRF24-105mm F2.8 L IS USM ZやRF70-200mm F2.8 L IS USM Zも必要十分以上の性能を持つレンズである。

パース感が現れる中望遠85mmの特徴を活かすため、階段を利用して足元の高さからのローアングル。よりスタイルが良く、より小顔になるように撮影した。ボケの美しさと口径食の少なさにも注目してほしい。
■絞りF1.4 1/2000秒 フルサイズ

が、同じ85mm、同じF値(例えばF2.8)で撮り比べると、やはり単焦点のRF85mm F1.4 L VCMの方が一段、いや数段優れた描写をしてくれる。でないとあえてわざわざ単焦点レンズを使う意味がないし、F1.4の大口径ならではの大きなボケを得るためだけに単焦点レンズを用いる訳でもない。

周辺光量落ちと歪曲収差は?

開放F1.4では周辺光量落ちは相応にある。屋外撮影では開放以外を用いることに意味を見いだせないくらい開放の描写が素晴らしいので、絞ったらどのくらい周辺光量落ちがなくなるのかは興味がわかず未確認。
■絞りF1.4 1/1250秒 フルサイズ

あるにはある。周辺光落ちは実に滑らかにそして徐々に落ちてゆき、画面周辺が黒ずむこともなく非常に自然。ちなみに周辺光落ちはRAW現像時にDPPで0~120%まで自由に設定出来るので、作品イメージに合わせて調整されたし。

歪曲収差も同様にDPPで調整できるので、カット毎に調整してより好ましいと思える自由度がある。どちらも闇雲に光学設計で取り除かずに、自然に残して現像で自由に調整できるという方針は、キヤノンが写真をわかっているからなせる技だろう。

●DPP4で周辺光量落ち補正120%

個人的には素の状態での周辺光量落ちの方が、滑らかで自然なので作品造りの演出として活かせると思う。とはいえ撮影者のイメージに合わせて現像時にDPP4で0~120%まで調整できる自由度がある。

ちなみにデジタルレンズオプティマイザ(DLO)100%と適用ナシの画像も比較してみたが、ベース画像の違いは全く見い出せなかった。つまりそれだけレンズ性能が優れている証だろう。

これはDLOの調整でソフトな描写もカリっとした解像感も自由に調整できる、筆者愛用の「EF85mm F1.4L IS USM」と大きく異なっていた。とはいえ、常に優れた解像感が正義とは限らないのがポートレート。正直、EF85mm F1.4Lも捨てがたいのです。

ポートレートと85mmクロップ。

●クロップで約135mm相当

クロップで約135mm相当のレンズとしても使えるのが、85mmの利点のひとつ。元の解
像感がずば抜けて居るので、クロップで解像感が甘く感じることもない。
■絞りF1.4 1/2000秒 クロップ

いつから誰が言い出したのかは知らないが、85mmがポートレートレンズと呼ばれるようになって久しい。しかし筆者は85mmをポートレートレンズと呼ぶことに少し懐疑的だ。85mmがポートレートに魅力的なことは間違いない。ただ使いこなしは実は意外と難易度が高いレンズでもある。

というのも完全な望遠域ではない中望遠レンズなので、相応にパース感が現れる。たとえばモデルを縦位置フレーミングで全身カットを、モデルの目線以上の高さでカメラを構えると、顔が大きく短足に写るし、顔アップでは顔が歪んで鼻が大きく輪郭も変に写ってしまう。

なので、完全無背景でのスタジオ撮影では、まともなカメラマンなら85mmは使わず、最低でも100mm、スタジオの広さが許されるなら更に長い焦点距離でパース感をなくしてモデルのスタイルや顔の輪郭を正確に写すことに努めている。

●クロップ→フルサイズに切り替え

クロップで撮影した位置から、フルサイズに切り替えてのカット。これをトリミングしてもクロップと同じにはなるものの、トリミング前提で撮影時に135mm相当でのフレーミングを行うのは至難の技(筆者にはムリ)。クロップでフレーミングした後に試しにフルサイズで撮影しただけなので、背景の処理は撮影時は未確認。周辺のボケが気持ち悪い。如何にボケ味が綺麗なレンズでも、綺麗にボケる背景を選ぶ必要があるということ。

逆に屋外や室内でもシチュエーションありきなら、85mmならではのパース感をポートレートに活かす。全身をローアングルで狙えば、脚はより長く顔はより小さく写せる。さらに背景を活かしてのバストアップは、撮影場所のシチュエーションを醸し出せる。

併せてこのRF85mm F1.4 L VCMならではの大きくて素晴らしいボケ味は、ポートレートでは映えることは言うまでもない。この85mmならではのパース感を活かすことができてこそ、ポートレートでは欠かせないレンズのひとつとなる。

クロップ135mmを使いこなそう!

このレンズの最短撮影距離は0.75m。もっと寄って撮影することは可能だが、寄り過ぎると中望遠故のパース感により鼻が大きく写ったり顔の輪郭が歪んだりするので、85mmでのアップはこの程度に筆者は抑えている。
■絞りF1.4 1/2500秒 フルサイズ

実は筆者は普段、ほとんどクロップで撮影している。一番の理由はフルサイズのファイルサイズが必要以上に大きすぎて現像も取りまわしも時間がかかって面倒なのと、それ以外もクロップの方が同じF値でも少しだけ深い被写界深度が得られたり、またなぜか逆光耐性も上がるからだ。

クロップでも愛機=EOS R5 Mark Ⅱでは、かつての一眼レフとして最後の愛機となったEOS 5D Mark Ⅳのフルサイズと画素数はほぼ同等で必要十分。またミラーレスのEVFならフルサイズもクロップも撮影感覚に違いはない。

という訳で、基本はクロップ。どうしても高画素が必要な案件や広い画角が必要な場合、それとフルサイズならではの大きなボケが欲しい場合のみフルサイズで撮影している。もっとも、画素数についてはクロップでもDPPのニューラルネットワークアップスケーリングを用いれば、処理に少々時間は要するものの十分実用的に高画素化できるので、ますますフルサイズの選択が減っている今日この頃です。

クロップで約135mm相当なら、アップもパース感を気にすることなく撮影できる。必要以上に寄り過ぎなくても済むので、モデルとの良好なコミュニケーションも取れる。なお、フルサイズと同じ露出で撮影しているが、後処理で画面全体のコントラストと諧調を整えるため、レベル補正を施しているので、肌の明るさは異なった。
■絞りF1.4 1/2500秒 クロップ

で、このRF85mm F1.4 L VCMはクロップで使っても美味しいことこの上なく、さながら1本で2度美味しいアーモンドグリコ(笑)。クロップだと画角はフルサイズでのほぼ135mm相当になるが、ボケの大きさはオリジナルのF1.4のままとはならなくて、おおよそF2.5くらい。

つまりクロップを用いることで、85mm F1.4と135mm F2.5の2本を手にしたことと同等になると筆者は思っている。この135mmがこれまたポートレートには最適で、85mmみたいなパース感はなく、それ以上の望遠ほどモデルと離れ過ぎないのでコミュニケーション取りも容易。

もちろん、RF135mm F1.8 L IS USMをフルサイズ開放F1.8で用いた場合と同等の大きなボケは得られない。が、例えば少し顔を振ったアップでは135mm F1.8をフルサイズ開放だと、片目にピントを合わせるともう片方がボケ過ぎてしまうのでf2半くらいまで絞ることが多い。ということで85mmF1.4をクロップで135mm相当なら、開放F1.4のままでも大きくボケ過ぎないので、むしろ使い勝手が良いと言えるのです。

…ということで、RF85mm F1.4 L VCM は買いか?

シチュエーションを活かしたポートレートでは開放F1.4が一番美味しいレンズ。敢えて絞る意味や意義が見出せない。開放から解像感MAXなのは、もはや言うまでもない。
■絞りF1.4 1/2000秒 フルサイズ

この原稿を書いている時点での「キヤノンオンラインショップ」での価格は、23万6500円(税込)。筆者の第一印象としては、オッ! 意外と安い!! と思った。とはいえ御多分に漏れずカメラマンを生業としている者は貧乏なので(笑)…。

ということで絶対的な金額は決して安くはないが、コンパクトなサイズ感ならではの使い勝手の良さ。そしてこれ程の性能なら、少なくとも向こう10年間は第一線級で使えるだろう。このレンズに限らずどのレンズもいずれいつかは刷新されてしまうだろうが、もしまた10年後とかに新型が出たとしても、その後も10年は不満なく使えると思います。

つまり、筆者が思う性能寿命は20年あるということ。ポートレート派の方々には、絶対に買って損したと思わせない、筆者が自信を持ってお勧めできる、数少ないレンズの中の1本だ。

後編用に他のRF85mm達との比較作例で、同じフレーミングで撮影するために三脚を使用してもいるが、コンパクトなレンズなので、手持ち撮影も全く苦にならない。やはりフレーミングを素早く変えられる手持ちで、フットワーク良く撮影が似合うレンズだ。後編も、ご期待ください!!