■内田ユキオ氏プロフィール
新潟県両津市(現在の佐渡市)生まれ。公務員を経てフリー写真家に。広告写真、タレントやミュージシャンの撮影を経て、映画や文学、音楽から強い影響を受ける。市井の人々や海外の都市スナップに定評がある。執筆も手がけ、カメラ雑誌や新聞に寄稿。主な著書に「ライカとモノクロの日々」「いつもカメラが」など。
ライカのフルサイズコンパクトモデル「ライカ Q3 43」を内田ユキオ氏が解説
待望のスタンダードレンズ搭載モデル
聞いた話だが、茶道では目につきづらいところにこそ気配りの細かさが現れるため、掛け軸がどれだけまっすぐに皺なくかかっているかを褒めるそうだ。そのため茶会の数日前から掛け軸を吊るして皺をなくすらしい。
ライカQ3 43のフードをはめたとき、この話を思い出した。バヨネット式ではなくねじ込み式で、まったくトルクが変わらないまま滑らかに回転していき、最後のところでわずかにトルクが大きくなって、それを越えるとスッと力が抜けてピタッと定められた位置に収まる。完璧に水平で、そこからぴくりとも動かない。素材と工作精度への要求が桁違いなのだろう。

新開発のアポ・ズミクロン f2/43mm ASPH.。43mmは人の自然な視野に近いという。専用のねじ込みタイプのフードが付属する。フィルターサイズはE49。
大量生産のために効率化を追求したり、コストを引き下げるための妥協がないことは、これだけでわかる。「タイムレスなデザインと最先端の技術の融合」がライカQシリーズのキャッチフレーズとなっていて、つまりは普遍的なデザインのなかに最新のテクノロジーが収められているということ。それを支える根幹にはモノづくりへの強いこだわりと高い技術力があることを再認識させられる。
ライカQシリーズの始まりは2015年だからおよそ10年。それで3世代めとなるライカQ3まで進化させ、そのバリエーションとも言える本機が登場した。ライカはそれほど多くの情報を発信しないため想像するしかないが、Qシリーズは当初の予想を超えて支持されたのではないだろうか。

このレンズはライカQ3 43専用に設計されているという。8群11枚のレンズ構成で7面に非球面を採用。光学式手ブレ補正機能を搭載する。
誤解を恐れずにいうなら、これまでM型とは上下の関係にあったように思う。それが今では横に並んで、距離計内蔵の光学ファインダーとEVF、レンズ交換式と一体型、そういった違いを好みで選べるようになった。
ライカとしては最初から上下関係のつもりはなかったのかもしれない。伝統を踏襲したデザインと描写性能に差がつけられていない。
ライカQ3 43のスペックを見たとき疑問が湧く。なぜ43mmなのか。
28mmの理由は想像しやすい。高画素のカメラと広角レンズの相性はよく、広く撮っておくことで画像の用途が広がり、デジタルズームが効果的に機能する。さらには圧倒的な情報量のおかげで、写真を見直す楽しみにもつながる。28mmはヒトの視野に近いとされているが、これだけの解像力と画素数があれば見えていないものまで写しておけるからだ。写真を見て再発見できるものがあり、旅の写真なら追体験も自在だ。例えば街角で何気なく撮った写真を見直したとき、カフェのテーブルに置かれた新聞の見出しを読むことも可能だ。画角が狭いとそうはいかない。
40mmならライカCLのズミクロンがあり、小型レンズの代名詞のようなものだから納得がいく。ライカとゆかりある数字を考えてみても思いあたるものがない。

ボディ背面右手側はPLAYボタン、MENUボタン、セレクターボタンとセンターボタンというシンプルなボタン配置となる。
リリースに「人の自然な視野に近い」とあるので、画角ではなく遠近感などの観点から導かれたのだろうか。昔から「視野角は28mmに近く、写真は片目をつぶって撮るから35mmが自然で、注視したときは50mmに似ている」などと言われることが多かったが、現代ではそれを否定する研究結果もある。まだ解明されていないことが多くレンズに置き換えて考えるのは難しいそうだ。
どんな事情があるにせよ28mmと43mmならはっきりと個性が違う。高画素のメリットを発揮できる28mmに対して、43mmならポートレートまで対応できるだろう。かつては人生を賭けた選択とまで言われた35mmと50mmほど迷うことはないだろうし、2台持ちして使うにしても重なっているところが少なく効果的に補完し合える。
外観ですぐ目につくのはグレーの貼り革。日本でグレーの濃さを呼び分ける習慣はないが、チャコールグレーと呼んでいいと思う。その名の通り炭のような深いグレーを示すもので、紳士服でエレガントな印象を与えるためスーツに用いられることが多い。角度によって金属部分とのコントラストが際立ち、目立ちすぎることもなく上品な輝きを放つ。

ライカQ3 43ではライカQ3とは異なり、落ち着いた雰囲気のグレーのレザーを採用。シボのパターンは同じ菱形となっている。

ライカQ3と同じくボディ上面にはシャッターダイヤル、シャッターボタン、サムホイールとサムホイールボタンがある。
ライカQシリーズを見ていていつも感心するのは、背面にある親指を置くための窪み。高いカメラを片手で持つときの安心感を得るため、普通ならグリップを大きくするだろう。もちろんライカらしい左右対称の美しさは損なわれ、エレガントさは減退するだろう。その問題を背面に小さな窪みをつけるだけで解消するアイディアが素晴らしい。
機能に関しても同じことが言える。デジタルカメラは機能が多いほど魅力に繋がると考えがちだ。だからいろんなものを足していく。ライカの場合、それを目的にすることなく必要な機能を厳選し搭載していて、多機能レースに参加しないことでデジタルカメラでありながら普遍性が感じられるのもいい。数字で表せる部分は日進月歩で、半年もすれば記録が更新され、二年もすれば旧世代になってしまう。
ライカはそうではない。個人的に好きな考えではないのだが、リセールバリュー(買い替えのときの下取り価格)が高いことがそれを示している。
もちろん国産のカメラが劣っていると言いたいわけではない。世界のカメラがすべてライカのようになることを望んでいるわけでもない。もしそうなったらライカの価値が薄れてしまう。便利なカメラがあってそちらが主流だからこそ、ライカはいつもライカらしく振舞っていられる。

背面モニターは3.0型のタッチパネル式。184万3200ドットで、上に約90度、下に約45度チルトができ、アングルの自由度が増す。
実写していて、デジタルズームの楽しさはライカQ3よりライカQ3 43のほうが上かもしれないと思った。フレーム枠の外側を参照しながら撮影するスタイルがM型ライカに似て感じられるからだ。これまでは、せっかくEVFを使っているのだからズーミングしたらそれに合わせて拡大表示したほうが利便性が高いだろうと思っていた。ところが60mmのフレーム枠を浮かべてスナップを撮っているとき、M型ライカを使っていたときの記憶が蘇った。そこから写真を撮るのが楽しくなってバッテリーを使い切るまで撮り歩いてしまった。ついでに書くと、価格とサイズのわりにバッテリーの保ちはそれほど良くない印象を受けた。
ライカQ3のときには「こんな機能もあるのか」くらいの気持ちだったのが、ライカQ3 43で好感触だったのは、もともと60mm前後のレンズが好きなので相性の問題があるのかもしれない。広角域と標準域で被写体に対するアプローチが違うことも理由だろう。長く使ってみたら、また違った感想を抱く可能性もある。
ライカQ3 43 注目のアポ・ズミクロン f2/43mm ASPH.
新たな個性を持ったライカQ3 43のレンズ
ライカQ3 43の最大の注目点はレンズだろう。新設計されたアポ・ズミクロン f2/43mm ASPH.の描写性能はどれほどのものか。M型ライカ用のアポ・ズミクロン50mmはとにかく評判の良いレンズで、抜けが良く解像感が高い。一体型になればレンズ設計の自由度が広がり、センサーとの関係性を極限まで追い込むこともできるだろうから、さらなる向上も期待できる。


マクロリングも装備し、マクロモードに切り替えるとフォーカス表示が切り替わるギミックもライカQ3と同様だ。マクロ時の最短撮影距離は26.5cm。
実写した第一印象は、とにかく抜けがいいこと。ヴィンテージのレンズによくある「味わい」という名の薄いベールがかかったような描写の対極にある。だからと言って平坦で面白みがないというわけではなく、アポの名前が示しているように色収差が極限まで抑えられているため濁りがないのだ。収差は必要悪だとする人がいるように、柔らかさや立体感を表現するためにプラスに働くこともあるが、高解像のデジタルカメラではノイズとなるケースが多い。

マクロモードの最短距離で、ハイライトが僅かに開くようなボケになっているのが見てとれる。Leica Looksがホワイトバランスによってどう変化するか試したくて、タングステンモードで撮った。色の偏りが激しい。
■絞り優先AE(F2.8 1/250秒) マイナス0.6EV補正 ISO800 WB:白熱灯
非球面レンズは収差を抑えるのに有効だが、ボケの美しさが犠牲になりがちだとされていて、7面も使っているため悪影響があるかもしれないと懸念していた。43mmなら本格的なボケも楽しめるし、最短で26.5cmまで寄れるマクロモードにすればさらにボケは大きくなるため、このレンズの性能を評価する重要な要素だから。
懸念していた非球面レンズによるボケの乱れは見受けられず、素直で滑らか。強いて言うなら口径食ははっきりあって、何から何まで修正しようとしていないところはむしろ好感が持てた。

デジタルズームはFNボタンひと押しで60mm/75mm/90mm/120mm/150mmに切り替えられる。ファインダー画面にはレンジファインダーのような枠が表示される。
光の角度や質、位置を変えてもゴーストやフレアーが出現することはなく、中央から周辺まで均質。絞り値によって変化するタイプの、収差による破綻を魅力に変えていくレンズではなく、どんなものでも完璧に解像していくレンズだと思う。それでも硬い印象がなく、滑らかでしっとりしている。
絵作りに関して、デフォルトのJPEGは彩度が抑えられていてハイライトはやや硬めでシャドウがリッチな印象を受けた。RAWファイルを開いてみるとハイライトには少し余裕があるようなので、デザインされたトーンに思える。どこか見覚えがあると思ったらポジフィルムに似ている。

Leica Classicを選んでいて、高いコントラストと彩度が構図と光をよりドラマティックに見せている。デジタルズームを使ったことでEVFでも周辺から入り込んでくる通行人や車をケアできて、ライカらしいスナップになった。
■絞り優先AE(F4 1/20秒) マイナス0.6EV補正 ISO800 WB:白熱灯
シャープで抜けの良いレンズ描写もあって、主題として撮ったものがキリッと浮き上がるように見え、画像ではなく写真のためのカメラだという感じがする。薄く影が見えるくらいの曇りの日に、2/3段くらいアンダーで撮ったら「くぅ、これがライカだぜ!」と心躍るのではないだろうか。被写体と撮影条件を選ぶところがあるように感じるが、汎用性はこのカメラの優先事項ではないと思う。量販店に行って衝動買いする価格ではないし、「子どもの運動会からラテアートまで」と称されるオールラウンドに活躍することを求める人もいないだろうから。

M型ライカなら規定演技のようなシーン。フレーム外から入ってくる動きのあるものを、ピントの影響を排他しつつ、タイムラグのないシャッターで捉える。同じ気持ちでトライしたが違和感はなかった。
■絞り優先AE(F11 1/1250秒) プラス0.3EV補正 ISO100 WB:晴天
個人的にLeica Looksに興味があった。現在の主流は、ノーマル(彩度が十分にあって汎用性が高い)、ヴィヴィッド(彩度が高めでややコントラストが高い)、ニュートラル(彩度が抑えられコントラストも軟調気味)を軸に、個性的なカラーモード(メーカーによって呼び名が違う)を選択していくシステムだろう。
それに対してLeica Looksは名前にある通り、かなり変化量が大きく、それぞれ個性的なルックとなっている。特に作例でも使ったLeica Classicは、名前から受ける印象に反してドラマティックで激しいルックで戸惑った。そのためCapture Oneを用いてRAW現像もしてみた。DNGファイルは容量が多いだけあって情報量が多くリッチで、調整に苦労することはなかった。往年のライカらしさとして記憶されているコダックのエクタクロームを意識してRAW現像してみたので作例(ライカFANBOOK Vol.2 P014)を参照してもらいたい。もう少し使い込む時間があったら、快晴や夜景などの撮影シーンに合うスタイル(プリセット)も作れたかもしれない。
ライカQ3とライカQ3 43を比較


ライカQ3 43とライカQ3はレンズが異なる以外は仕様は同じ。外観上の違いは貼り革のグレーカラーとアクセサリーシュー部のロゴ、全長が5mm増していることくらい。重さは29g増となっている。

28mmと35mmだとひとまわりくらいの違いで性格としても広角レンズの特徴は共通しているのだが、43mmともなると画角の違いだけでなく性格も異なる。標準域で極端な言い方をすれば印象としては望遠に似た雰囲気がある。遠近感が強調される28mmに対して、距離が圧縮される43mm。43mmなら人の顔を寄って撮ったとしても、歪んで引き伸ばされたような不自然さは感じないだろう。
ライカ Q3 43 のスペック
- 撮像素子:裏面照射型CMOSセンサー
- センサーサイズ:35mmフルサイズ
- 有効画素数:6030万画素
- 画像処理エンジン:ライカマエストロIV
- 記録形式:DNG、JPEG、DNG+JPEG
- バッファメモリー:8GB
- 記録媒体:SD/SDHC/SDXCカード
- レンズ:アポ・ズミクロンf2/43mm ASPH.
- レンズ構成:8群11枚(非球面レンズ7面)
- 合焦範囲:60cm〜∞(マクロモード時26.5〜60cm)
- ファインダー:電子ビューファインダー(576万ドット/0.79倍)
- モニター:3.0型 184万3200ドットタッチ式TFT液晶
- シャッター:メカニカルシャッター/電子シャッター
- シャッタースピード:120〜1/2000秒(メカニカルシャッター)、1〜1/16000秒(電子シャッター)
- フラッシュ同調速度:1/2000秒まで
- ドライブモード:1コマ、連続撮影(2コマ/秒、4コマ/秒、7コマ/秒、9コマ/秒、15コマ/秒)、インターバル、オートブラケット
- セルフタイマー:2秒、12秒
- 測光方式:レンズ実絞りTTL測光
- 測光モード:スポット、中央重点、多点、ハイライト重点
- 露出モード:プログラムAE、絞り優先AE、シャッター優先AE、マニュアル露出、シーンモード(10種)
- 露出補正:±3EV(1/3EVステップ)
- オートブラケット:3コマまたは5コマ、最大3EV(1/3EVステップ)
- ISO感度設定範囲:オート時:ISO100〜100000、マニュアル時:ISO50〜100000
- ホワイトバランス:オート、プリセット(晴天、くもり、日かげ、白熱灯、フラッシュ)、マニュアル、色温度設定(2000K〜11500K)
- ワイヤレスLAN:2.4 GHz/5 GHz dual band IEEE802.11 a/b/g/n/ac、
- 暗号化方式:ワイヤレスLAN対応WPA2またはWPA2/WPA3
- Bluetooth Bluetooth:5.0 LE、チャンネル0-39(2402–2480 MHz)
- GPS:Bluetooth経由でLeica FOTOS App使用の際に位置情報記録が可能
- バッテリー:充電式リチウムイオン電池ライカBP-SCL6(2200 mAh)
- 撮影可能枚数:約350枚(CIPA規格による)
- 大きさ:130×80.3×97.6mm
- 重さ:約793g(バッテリー含む)
価格 110万円(税込)*価格は記事執筆時のものです
(写真&解説:内田ユキオ)
本記事は『カメラマン リターンズEXライカ FANBOOK Vol.2』の記事を転載したものです。興味のある方は、本誌もぜひチェックしてみてください!↓