「鉄道模型の完璧なジオラマ」なんて必要なし!
私は鉄道を専門としているが、列車を撮影しているとよくこんなことが起こる。光線状態と背景を入念に考慮して撮影場所を選び、カメラを構えて待っていると、列車が来るタイミングになっていきなり太陽が雲の中に…。こんなとき、思い描いていた写真とまったく異なった結果に、何ともいえない消化不良な欲求不満状態に陥ってしまうのだ。
自動車を撮るならば、まだある程度自由に背景に合わせて向きを変えたり、光線状態が良くなるのを待ったりできるだろうが、列車は決まった場所を決まった時間にしかとおらないので、そうはいかない。ミリタリー車両や飛行機にしても同様だろうし、これらは運行中には近寄ることさえままならない。
乗り物が好きで写真を撮っている人ならきっと、じゃまなものが一切ない理想的な風景の中にお気に入りの被写体を置いて、思いどおりの光線状態で撮ってみたい、と思ったい描いたことがあるに違いない。だから外出がはばかられるこの機に、模型を使った撮影によって、乗り物好きが抱える欲求不満を吹き飛ばしてしまおうではないか!
では撮影法を解説していこう。鉄道模型を題材に話を進めていくが、他ジャンルの模型撮影にも類似するところが多々あると思うので、参考にして欲しい。撮影に先立って、主役の車両が映えるステージ、つまり撮影用ジオラマが必要になる。
ここで職人が作るような精巧なジオラマをイメージした人もいるかもしれない。もちろんすでに精巧なジオラマを持っているとか、そういうものを作る技量があるという人は、それを大いに活用していただといい。しかしそうでない人も心配ご無用。目的は撮影なのだから、カメラ目線で見たときさえ風景として成立していればいいのであって、どの方向から見ても隙のない完璧なジオラマに仕上げる必要なんてまったくないのだ。
まず主役の車両をどのような角度、フレーミングで撮影するのか、カメラアングルをある程度決めてから撮影用ジオラマの作成に入る。このときカメラの高さを地面すれすれのできるだけ低い位置にするのが、簡単に撮影を進めるためのポイントだ。
車両を見上げるようなアングルにすることで、小さな模型にホンモノのような大きさと重みが感じられるようになるし、何よりも見える地面の面積が小さくなるので、地面の作り込みをあまりしなくて済むからだ。上に掲載した蒸気機関車の撮影セットを俯瞰した写真を見てただくと分かるが、こんな程度の作り込みで十分なのだ。
使用するレンズの焦点距離は短いほど被写体の迫力が増すが、広い範囲で背景を作り込まなければならなくなるので、フルサイズ相当35〜50mmが使いやすいだろう。一眼レフならばマクロレンズや接写リングが必要になる。だが近接撮影では、いくら絞りをF22やF32といった最大値まで絞り込んでも、被写界深度が浅くなってしまう性質がある。
そこでシフトレンズがあると心強い。また後処理で深度合成を併用するのも有効だ。最近は深度合成機能を内蔵したカメラもあるので、活用できる。私の場合はこれらに加えて、下の作例のように自作のピンホールレンズも多用している。
セッティングができれば、あとはライティングをして撮影するだけだ。詳しいライティングについては他稿に譲るが、光源がストロボにしろ、LEDランプにしろ、太陽に見立てたメインライトが写真の印象を左右することだけ覚えておいて欲しい。メインライトを順光にするのか逆光にするのか、まずこれを決めることが重要だ。またライトに色セロファンをかけて夕景や薄暮を表現するなど、応用にもチャレンジしてみよう。
模型なら現存しない過去の乗り物も写真にできるし、時空を超えた2種類の車両の並びや、微妙なタイミングのすれ違いの瞬間など、実現困難なシーンも簡単に撮影することができるのだ。模型撮影で新たな可能性の扉を開いてみよう!
撮影・解説:金盛正樹
1967年兵庫県神戸市生まれ。中学1年生のときに、友人の誘いで鉄道写真を始める。千葉大学工学部画像工学科卒業。1990年より7年間、商業写真プロダクション「ササキスタジオ」に勤務。1996年よりフリー。現在、鉄道専門誌、旅行誌、一般誌鉄道企画などに写真を発表する。「鉄道と名のつくものは、おもちゃ・模型から実物に至るまで何でも撮影する」がモットー。機械式カメラと標準レンズが好きでコレクションしている。またアナログのモノクロ写真好きでもあり、今でもときどき機械式カメラにモノクロフィルムで撮影し、現像の自家処理を楽しんでいる。愛車は1987年式のジムニー。これをレストアしたり改造したりするのが、休日の喜び。日本鉄道写真作家協会(JRPS)会員。