タムロンの看板レンズ、90mmマクロがミラーレス最適化設計の光学系でリボーン! 今回のインプレでは、直接のライバルとおぼしきシグマ105mmマクロ(2018年発売)とのガチ実写比較で、「シン・タムキュー」の性格と表情を探ってみたい。

■作例共通データ:ソニー α7C R 絞り優先AE WB:太陽光

タムロン 90mm F/2.8 Di Ⅲ MACRO VXD (Model F072) Eマウント/Zマウント 主な仕様

●焦点距離:35mm判換算90mm相当
●最短撮影距離:0.23m
●最大撮影倍率:1:1
●レンズ構成:12群15枚
●最小絞り:F16
●絞り羽枚数:12枚
●フィルターサイズ:67mm
●大きさ・重さ:φ79.2×126.5mm(Eマウント)128.5mm(Zマウント)・630g(Eマウント)640g(Zマウント)
●付属品:フード

まず、筆者は某TM社(特に名を秘す)社員として26年間「タムキュー」と付き合ってきた…のだ。

右から初代の52B系、二代目72E系、三代目F004系で、いずれも筆者の私物。そして左端が四代目の光学系となるシン・タムキューF072で、当然これは借り物です。

最初に「タムキュー」の愛称で親しまれるようになったのは、開放F値がF/2.5と明るく、撮影倍率が1:2の「52B」(1979年発売)というモデル。高野栄一さんという伝説の光学設計者の手になる光学系で、撮影距離に応じて近距離補正のレンズ群が独立して移動するフォーカスフローティング方式を取り入れた。

ユーザー側の視点からは、F/2.5なのでファインダーが明るい、ボケが美しい、小型軽量、価格が安い、90mmという焦点距離と画角が絶妙、などという特徴があった。その光学系を引き継ぎデザイン変更された52BB、AF化された52E、コーティングが改良された152Eなどが発売され、カメラの進化に合わせたブラッシュアップを続けながら、実に17年間にわたって支持され続けてきた。

二代目の72E(1996年発売)は、最大撮影倍率1:1となる新設計の光学系を採用。AFの最適化や軽量化のためにプラ鏡筒の積極的な採用を推し進められ、大きさが従来の52Eと同程度となるよう開放F値がF/2.8に設定された(F/2.5では大きくなり過ぎてモノにならなかった)。この光学系も外観デザイン変更(172E)やデジタル対応(272E)などの改良で、16年間の長きにわたって愛されてきた。

三代目のF004(2012年発売)は、手ブレ補正機構=VC=を搭載するべく開発された光学系を採用している。デジタルカメラの高画素化が進む中、低分散ガラスの採用で解像・MTF共に性能が一気に向上した本格的なデジタル最適化のモデルだ。
ピント合わせによってレンズが伸び縮みしないインナーフォーカス方式となっているが、レンズ全長はちょっとデカくなった。

ブラッシュアップモデルのF017(2016年発売)は、デザインやVC機構に大幅な改良変更が施されているためか系列と異なったモデル名が与えられているが、ベースとなっている光学系は同じだ。なんだかんだ言ってこのモデルも、12年間も永らえてきた優秀なレンズだ。そして筆者のタムキューとのお付き合いは実はこのモデルまで(あとは知らんけど)。

そして、四代目にあたる本機「F072」(2024年10月発売)の登場だ。たぶん関係はないだろうが、二代目の「72E」の系列と符合しているのが気になる(マーケ的には初代タムキューにあやかって「F052」とかにするんだろうけど、そんなことはないのね)。さて、この機種はどんなレンズなのだろう…。

外観の特徴…前玉ちっさ。後玉でか! 全く新しい光学デザイン

レンズの存在がわかるようにわざと太陽を反射させて撮影。マウント内径ギリギリまででかい後玉が入っている。

筆者が初めてこのレンズの外観写真を目にした時に思ったのは「前玉ちっさ!」「えー、これでF/2.8あるのー?」「周辺光量だいじょぶ??」って感じだった。従来のタムキュー達と状況がまず違うのは、ミラーレス専用なのでミラーボックス分のバックフォーカス制限が緩くなったこと。後玉をイメージセンサー側に寄せて径をでっかくとれば前玉は小さくて済むので、レンズの重量バランスの配分やAFの迅速化に大きく寄与するだろうということ。

果たして、評価用のレンズが手許に届いて後玉を見てみたら、やっぱギリギリのところまで大きな玉が入っていて「こりゃスゲー」って感じ。イメージセンサーとの面間反射(内面反射)の関係では、後玉がでかいと内面反射対策やコーティングをバッチリにしないと酷いことになるので、実はこの方面もすごい高度な「何か」をやっているのだろうなと推測できる。

前回28-300mmのインプレでも指摘しておいたUSBの穴ボコ問題。今回も続けて主張しておきます。ココは塞いておかないとやっぱり気になる。「問題ない」とか「実害なし」とか「スマホと同じ」とかいわれようが「穴は塞ぐべきだ」。カメラのコネクタ部はラバーでカバーされてるぞ。

ここでいきなりのライバル比較! vs シグマ 105mm F2.8 DG DN MACRO | Art

シン・タムキューF072とシグマ105mmマクロの外観比較。どちらも撮影中の距離や倍率がわかる外観表示は廃止されている。また、シグマには動画用のシネレンズ的な使い方が可能な絞りリングが採用されている。

◎コスモス局部の比較作例

タムロン90mmマクロ(左)=撮影距離23cm。MFでレンズのフォーカス位置を最短撮影距離に固定し、カメラ(体)の前後でピント位置を調整している。後述するが、倍率1:1の際の焦点距離の低下がやや見られる。その分焦点深度はやや浅く、画面全体に立体感がある。シャープな箇所とボケが連続してつながっている部分の描写はなめらかでとても美しい。シグマ105mmマクロ(右)=撮影距離29.5cm。さすが105mmで深度はものすごく浅く、思い通りの位置にピントを合わせるためには「数打ちゃあたる」式にその位置で何枚もシャッターを切っておく必要がある。

コスモスの局部をほぼ等倍(=各レンズの最短撮影距離付近)で比較撮影。本当に微妙な花の動きでピント位置が変わってしまうので、できるだけ同じ位置のピントを捉えたカットを選んでいる。ということで完全に同じ距離ではないことは念頭に置いて見てほしい。また影の具合で印象が異なることも承知の上でご覧いただきたい。

タムロンのほうが焦点距離が短いせいで深度がやや深く、50mmマクロに近い印象がある。シグマ105mmはどちらかというと180mmなどの望遠マクロに近い印象だ。シグマ105mmの等倍時の焦点深度はかなり浅い。タムロン90mmに比べるとボケは大きいがやや硬く芯のある印象。

◎ヒガンバナでマクロ(倍率は1:4くらい?)のボケを比べてみる

タムロン90mmマクロ(左)=撮影距離およそ40cm。絞り開放。実は他の被写体で初代タムキュー52B系と本機F072を比べてみてわかったのだが、F072は近距離になると焦点距離が短くなる傾向が強いようだ(詳細は後述)。しかしながらそれが良かったのか、背景の玉ボケの表現はこちらの方が好ましく感じられる。
シグマ105mmマクロ(右)=撮影距離およそ50cm。絞り開放。タムロン90mmと比較すると、同じ撮影位置では撮影倍率が大きくなって絵柄が変わってしまうので、少しだけ引いている。構えていると「ナミアゲハ」が画面の中に舞い込んできた。ラッキー! 

ヒガンバナの作例は「ボケ味の違い」を比べてみようと狙ったのだが、シグマ105mmで彼岸花を同じ大きさで撮ろうとするとカメラを少しだけ引くことになった。そのためか同じ位置の背景の玉ボケの様子は、タムロンとシグマでは形が結構ちがう。

無理くりポートレートではどうなんだろ?(近接では焦点距離が短くなる現象?)

タムロン90mmマクロ(左)=撮影距離およそ1m。絞り開放。初代のタムキューは「ポートレートマクロ」というキャッチフレーズで売り出された。ポートレートに向く85mmと100mmマクロのおよそ中間を狙ったレンズだったのだ。初代タムキュー52Bの「柔らかい描写」は、そのコンテクスト上にあった。
シグマ105mmマクロ(右)=撮影距離およそ1m。絞り開放。タムロンとほぼ同じ位置から撮影。やっぱりこっちのほうが結構大きく写っている。この倍率の違いはおそらく15mmの差以上にある。

この記事を書くにあたって「ポートレートの作例どうしようかな」と迷った末、等身大の胸像を撮ってみることにした。筆者にあってはあまり経費も時間もかけられないんですぅー。被写体の胸像は、筆者が非常勤でお勤めしてる某大学の伝説の大先生で文豪「坪内逍遥博士」の像。こんなところで利用しちゃって先生ごめんなさい。

で、上でも書いているが、ポートレート(の想定)で比較撮影している時に気が付いた。あれ? 胸から上のアップショットを狙って「同じ位置」から胸像を撮影すると、どうもシグマのほうが大きく写り過ぎる。105mmという15mmの画角差を勘案しても、だ。

「いや。シグマの方が大きく写るのではなくタムロンのほうが小さく写っているのでは?」と気がついて、後日、同じ焦点距離の初代タムキュー52B系と、シン・タムキューF072を実写比較してみたら(同じ位置から巻き尺を撮ってみた=画像は省略)やはり「ビンゴ!」であった。

タムロン90mmマクロ(左)=撮影距離およそ2m弱。絞り開放。腕まで画面に入れたバストショット。90mmのほうが背景が写る範囲が少しだけ広いが、背景描写は、まあ語れるほどシグマ105mmとは変わらない(と思うんだけど、どうすか?)。一方、胸像のパース感は微妙に強いのがわかるだろうか。これを称して「立体感」と呼ぶが、筆者の感覚からはこれは結構異なる感じがする。人物の顔の印象はレンズによって変わるのだ。
シグマ105mmマクロ(右)=撮影距離およそ2m強。絞り開放。胸像がタムロンとほぼ同じ大きさになるよう少しだけ引いた位置から撮影している。手の大きさと頭の大きさのバランスが、タムキューと異なるのがわかるだろうか。こちらのほうはやや落ち着いた印象がある。15mmの差でも望遠の圧縮効果が現れる。ちなみに、この先生の胸像と握手をすると某大学に「合格する」という噂がある。

その結果だが、1.8mではほとんど同じ範囲が写るが、半分の0.9mにするとシン・タムキューは1割弱も小さく写る特性がある。原因だが、フォーカス方式に起因するものではないかと筆者は推測している。

初代タムキュー52B系のフォーカス方式は「全群繰り出し」に近いが、シン・タムキューF072のそれは、焦点距離変動が起き得る「インナーフォーカス」方式だからだ。シン・タムキューは、より近く寄ることで1:1等倍マクロというスペックを叩き出しているが、その際の焦点距離は無限遠時の90mmよりけっこう短くなっているはずだ。

とはいっても、その現象がデメリットであるとは必ずしも言えない。ボケ方が穏やかで作画的に扱いやすいことは確かだ(穏やかといっても、マクロ域のボケ方なので十分に大きいボケ量である)。

そもそもポートレートに向く焦点距離は「85mmから150mmくらいまで」と言われている。あまり長すぎると、望遠の圧縮効果で顔面の凹凸(おうとつ)が平面的になってしまったり、首が太く写ってしまったりする。やっぱりタムキューは、ポートレートにももってこいの、使いやすいレンズなのだ。

「強制玉ボケ試験」をやってみた

タムロン90mmマクロ(左)=距離1mに固定。絞り開放。きれいな玉ボケ。周辺になるほどにラグビーボール状の口径食が大きくなってゆくが、程度としては良好といえる。
シグマ105mmマクロ(右上)=距離1mに固定。絞り開放。タムロンと同じ条件だと、玉ボケはかなり大きい。その原因は105mmということと、1mという近距離域ではタムキューは焦点距離が短くなる傾向があるからと推測される。
シグマ105mmマクロ(右下)=距離2mに固定。絞り開放。タムロンと大体同じ大きさの玉ボケになる距離までフォーカスを引いてみた。これで比較すると、玉ボケの様子はシグマとタムロンとでは特筆すべきほどの違いはなかった。

レビュー用のレンズの貸し出し期間は限られていて結構短い。街中のイルミネーションにはまだ時期が早い(だってまだ時々暑いし)。且つ筆者もなかなか忙しい身ではあるので、「玉ボケ」の状態を確実に撮るには「強制試験」しかないと判断した。

その方法だが、「マニュアルフォーカスで撮影距離を近距離に固定し、やや遠めのマンションの階段灯・廊下灯を狙う」という、ごくありふれたものだ。しかしこれで口径食の具合や程度がはっきりとわかる。口径食の様子がわかれば、小ボケ時のボケ味も大体想像がつく。

理想は周辺部でも口径食のないレンズだが、そのようなレンズは実際ほとんど無いはずだ。で、今回の比較だが…どちらも優秀…としか言いようがない結果だ。同じ条件だと「シグマのほうがボケがおっきい」というのはわかった(やっぱりシグマは105mmだし)。

そのほか気が付いたことを筆者はブツブツ語る

最近のミラーレス専用レンズ同様、距離表示(兼マクロ倍率表示)の無いデザインになっている。表示のための筒を一個減らすことで色々なメリットがあるんだろうということはわかるのだが、撮影している倍率がマクロレンズなのにわからないというのはストレスだ。

例えばニコンZの105mmマイクロレンズにはマクロ倍率が表示できる小型液晶パネルがある。こんなギミックを奢ってほしいよなー。

マニュアルフォーカスの操作感はシン・タムキューが優れていた。フォーカスリングの操作感にタイムラグがほとんどなく、フォーカスリングの回転角に対するフォーカシング像の変化がとてもナチュラルに感じられた。

対するシグマ105mmのほうは、微妙な操作で残念ながら「これ故障なんじゃ?」と思うぐらいのタイムラグとバックラッシュがあり、相当気になった。※但し「全く使用に堪えない」というものではなく、あくまでも官能的なレベルの違和感ではある。

90㎜、というのが絶妙なんですよ!

風景やスナップ写真的な作例も一応撮ってみました。マクロレンズと聞くと初心者から必ず出る質問。「近くしか撮れないんですか?」いえいえそんなことはありません。もちろん無限遠を含む遠くも普通に撮れます。その証拠にこの作例を撮ってみました。

吸蜜するクロマダラソテツシジミ蝶。とても小さな蝶がいたのでAFでパチパチ撮影。動き回る蝶を追いかけながら撮ったので撮影距離はよく憶えていないが、等倍より少し引いた位置のカット。羽根の模様を形作っている鱗粉の様子が、画像を拡大するとよくわかる。

何気なく写ってしまったこの蝶、調べてみると南の島から湿った暖かい空気に乗ってやってきた外来種ということがわかった。台湾や西表島が生息地なんだそうだ。ここ数年、南日本や本州の太平洋南岸で発見されるようになったらしい。この作例は千葉県の浦安近くで撮影しているが、今年は死ぬほど暑かったからなー。

色々なバラの花姿(はなすがた)…植物研究のついでに花の写真を撮って集めている元研究者(初代タムキューの愛用者)から聞いた話。「90mmという画角は、花がどのような状態で咲いているかがとても良くわかる」のだそうだ。

「アーティスティック」なお花の写真ではなく、生態を記録するためには、50mmマクロでは背景が写り過ぎ、100mmマクロでは立体感がツブれたり肝心のところがボケてしまったりするので90mmがちょうど良い…という話だ。

筆者は研究者ではないが、前半の作例のように等倍近くで花の「局部」なんかをスケベに狙うのではなく、葉や茎も含めた全体の上品な花姿(はなすがた)を撮ってみていると、確かにタムキューは「良く写る」ような気がしてくる…。撮影は「気分」が大事なんだよと思う。