Sラインの「徹底した光学性能の追求」からワンクッション。「ガチ描写」よりも「味わい」を楽しむF1.4単焦点レンズの第2弾が登場した。シリーズとして考えれば、本レンズも「絞り値による描写の変化」を特徴とする流れだと思われるが…果たしてたその結果は?
■撮影共通データ:ニコン Z6Ⅲ 絞り優先AE  

ニコン NIKKOR Z 50mm f/1.4 主な仕様

●焦点距離:50mm相当
●最短撮影距離:0.37m
●最大撮影倍率:0.17
●レンズ構成:7群10枚
●最小絞り:F16
●絞り羽枚数:9枚
●フィルターサイズ:62mm
●大きさ・重さ:φ約74.5×86.5mm・約420g
●付属品:フード

注意! 前書き長し。レンズの評価を読みたい人は本題からどうぞ

よ、待ってました。ニッコールZ50mm/f1.4の登場だ。ようやく真打のお出ましか! とフィルム時代からのニコンユーザーは放っておいても盛り上がってしまう。ニコンがZ7とZ6を発表したとき、最初に登場したレンズは24-70mm/f4、50mm/f1.8、35mm/f1.8の3本だった。

50mmがf1.8ってなんで? なぜf1.4じゃないの? と思い続けて早くも6年。その間に50mm/f1.2が登場したけれど、f1.4に関する噂はほぼなかったので、悶々としていた人は多いはずだ。ただ大きな声で文句をいう人がいなかったのは、ひとつに50mm/f1.8が高性能だったこと。もうひとつは50mm/f1.2がさらに高性能だったことが挙げられる。でも、決してf1.4を忘れたわけじゃーない。50mm/f1.4は基本のキ。システムになくてはならない存在だからだ。

中学に入った頃、初めて一眼レフを買った。正確には親に買ってもらったんだけど、レンズは50mm/f1.4と決めていた。親父はカメラ好きだったからf1.8にしてくれなんてことは言わなかった。親父から見てもf1.8は見劣りしていたのだと思う。それほどにf1.4には魅力があった。あとで知ったのだけど、50mm/f1.4はニコンが初めて実現したスペックでもあった。正確には日本光学製の5cm/f1.4、当時の名称はNikkor-S.C 5cm f1.4 だったけど。

ドイツの名門ツァイスは1932年にコンタックス用のゾナー 5cm f1.5 を発売している。ライツはその約10年後に同じく5cm f1.5 ズマリットを発売した。日本光学は1949年にゾナー 5cm f1.5 をお手本にNikkor-S.C 5㎝f1.5沈胴型を発売する。マウントはライカLとニコンSが約半々だった。ちなみにアベは両レンズとも所有している。

ところがツァイスから特許を侵害しているのではないかと厳重注意されてしまう。そのため1950年には明るさをf1.4にし、固定鏡胴に変更した5㎝を発売する。これが日本光学がf1.4を生産するようになった経緯だ。だが、いまとなってはf8、5,6、4、2.8、2、1.4という等比数列を完成したことでもある。そして後のニコンFのNIKKOR-S Auto 50mm/f1.4へとつながっていく。

「冠なし」ではあるが、35mmとは微妙に異なる味付け…。


(01)夕暮れにコスモスを撮影。絞り開放f1.4での大口径レンズらしい軟らかな描写を見せてくれた。美しく大きなボケ像ははっきりとした輪郭はもたない。
■絞りF1.4 1/125秒 プラス0.3露出補正 ISO200

さて、本題です。
Zニッコール50mm/f1.4はいわゆるS-Lineではなく「冠なし」だ。冠なしのニッコールZレンズは、これまでにも多数発売されている。直近でいえば高倍率ズーム28-400mm f/4-8、望遠ズーム180-600mm f/5.6-6.3、パンケーキ26mm f/2.8などなど。だが、f2よりも明るい大口径はというと、DXでは23年6月に発売されたZ DX 24mm f/1.7があるが、FXでは、この7月に発売されたばかりの35mm/f1.4が最初だ。

中でも、Z35mm/f1.4は、異彩を放っていた。ニッコールZレンズはS-Lineの高性能さがイメージされ、絞り開放からコントラストが高くパキパキな描写と定評がある。「Zレンズにハズレなし」という言葉も生まれた。

ところがZ35mm/f1.4は、絞り開放では薄いベールをまとったようなフレアがあり、軟らかな描写を見せた。オールドニッコールを思い起こさせるような大口径レンズの描写。絞るとフレアはなくなりコントラスト、解像ともに上がっていくので絞りがいのあるレンズともいえた。
S-LineのZ35mmf/1.8 はフレアとは縁遠く、絞り開放からちょっと硬すぎるのではと思うほど良く写った。同じ35㎜でありながら2本はまったく異なる描写を示したのだ。

(02)ピントの合う奥行きが浅い中でも質感はしっかりと再現されている。ボケ像のフチも滲む感じで理想的。絵の具を水に溶かしたような味わいもある。
■絞りF1.4 1/400秒 プラス0.7露出補正 ISO400

(03)最短撮影距離でドアノブを撮影。このシーンでは絞り開放ではピントの合う奥行きが浅すぎるのでf4に絞っている。奥へ向かってなだらかに像が崩れていく。連続性のあるボケが好ましい。ドアのガラスに写ったカーテンなどもボケているのだが立体感がある。
■絞りF4 1/50秒 マイナス0.3露出補正 ISO450

それほど間をおかずに登場した今回のZ50mm/f1.4もよく似た再現をするだろうと予想していた。
手始めに花を撮ってみた。(01)絞り開放f1.4での大口径レンズらしい軟らかな描写。美しく大きなボケ像ははっきりとした輪郭はもたない。(02)ピントの合う奥行きが浅い中でも質感はしっかりと再現されている。ボケ像のフチも滲む感じで理想的。絵の具を水に溶かしたような味わいもある。これはZ35mm/f1.4に通じるものがあると思った。
このほかにも最短撮影距離の0.37mでドアノブを撮った写真。(03)、夕暮れの街でスナップをした写真。(04)など、このレンズらしい描写を得られたので参考にしてほしい。

(04)夕暮れの街でスナップをしてみた。街灯の写りは明るいところも影もイメージ通り。絵画のような軟らかで、夕暮れの街の雰囲気をしっかり伝えている。
■絞りF1.4 1/50秒 マイナス0.3露出補正 ISO100

(05)絞り開放ではわずかなフレアがあると思っていたのに、ものすごくカリッと写った1枚。拡大すると着物の質感もシャープで丁寧に再現されている。
■絞りF1.4 1/50秒 ISO250

(06)同じ花魁道中でもう1カット撮ったが、これまたキレが良くてシャープ。なんだかZ50mm/f1.8Sのような再現だ。照明は特になく地明かりだけ。強い逆光でないからだろうか。
■絞りF1.4 1/50秒 ISO180

ところがだ。札幌の夏イベントで行われた花魁道中の写真を撮ったら写りが豹変した。(05)絞り開放なのにものすごくカリッと写って、フレアはほとんど感じられなかった。同じ場所でもう1カット撮ったが、これまたシャープでキレが良い。(06)なんだかZ50mm/f1.8Sのような再現だ。照明は特になく地明かりだけ。とても良く写る。

Z 50mm /f1.8Sと比較してみました。

レンズ構成はf1.8S(右)は9群12枚(EDレンズ2枚、非球面レンズ2枚、ナノクリスタルコートあり)。f1.8Sは7群10枚(非球面レンズ1枚)とずいぶんと差があるが、大きさ重さはほぼ一緒。見た目はどちらも高級感がある。外観で異なるのは、f1.4はフォーカスリングだけでなくコントロールリングがあること。f1.8Sは側面にAF/MFの切り替えスイッチがあるがf1.4にはない。

(07) Z50mm/f1.4(左)とZ50mm/f1.8Sの開放値での比較。撮影シーンは小樽で有名な北一硝子の石油ランプのカフェ。結論からいうと絞り開放のフレアに関しては大きな差は認められなかった。ランプの炎はけっこう強く、撮影距離も短めなので球面収差が増大しても不思議ではないのだが、思っていた以上にクッキリだった。とても細かい点だが、口径食はZ50mm/f1.8Sの方が一歩ゆずる。レモン型の上下のヘタの部分がZ50mm/f1.4の方が尖っていない。f1.8Sは尖っているのがわかる。

(08) Z50mm/f1.4をf1.8に絞ったときでは、Z50mm/f1.8Sより口径食が改善されより円形に近い整ったボケになった。この価値は大きい。
■絞りF1.8 1/50秒 プラス0.3露出補正 ISO1000

そこでZ50mm/f1.4とZ50mm/f1.8Sを同じ状況で撮り比べることに。結論からいうと絞り開放のフレアに関しては大きな差は認められなかった。(07)どちらもわずかにフレアを感じるという程度だ。背景のボケはもちろんZ50mm/f1.4の方が大きく、f1.8に絞ったときでは、Z50mm/f1.8Sより口径食は改善されて整ったボケになった。(08)

09 さらに絞り込むとf2.8ではコントラスト、解像ともに上がりシャッキとした描写になる。気持ちがいい。ただ、ボケは小さくなるので華やかさはなくなる。
■絞りF2.8 1/50秒 ISO2000

(10) 同じカフェで大口径レンズらしい前ボケを活かした撮影を試した。ピンとは右端でスマホを見ている女のコ。スマホの画面が照明代わりになっている。軟らかなクセのないボケなのでこのぐらいわざとらしく取り込んでも嫌味がない。
■絞りF1.4 1/50秒 プラス0.3露出補正 ISO640

さらに絞り込むとf2.8ではコントラスト、解像ともに上がり、f4~5.6でピークに達する。(09)同じカフェで大口径レンズらしい前ボケを活かした撮影も試した。(10)参考にしてほしい。

(11) 絞り開放f1.4(左)とf16の描写の違いを比較した。三脚が使用できなかったので手持ち。f1,4はISO100で写せたが、f16はISO5600で撮っている。ボディ側で回折補正しているので解像は高い。ノイズがさほど目立たないのは、ニコンZ6Ⅲの高感度が特性が優れているからだ。

また、絞り開放f1.4とf16の描写の違いを比較した。(11)使用したカメラボディはZ6Ⅲ。f16では回折の影響があるはずだが、ボディ側で回折補正しているので解像は高いままピントの合う奥行きのみが増した。ピントは奥のステンドグラスの薔薇窓に合わせているのでf16では手前の床がシャープに再現されている。

慣れと工夫で使いこなしたい!

ニッカウヰスキー余市蒸留所。樽を寝かせる倉庫のひとつ。照明は特になく開いたドアからの自然光のみ。でもf1.4という明るさはわずかな光でも被写体をクッキリと浮かび上がらせてくれる。古びた樽の木の質感が忠実に再現されている。
■ニコン Z6Ⅲ 絞りF1.4 1/50秒 ISO200

相次いで発売されたZ35mm/f1.4とZ50mm/f1.4。どちらも大口径f1.4といういう意味ではメーカーでも同じコンセプトといっているので、大まかには姉妹のようなものと思っていい。だが、実際に使ってみると35㎜の方が単純でわかりやすい。50㎜は状況によって軟かな描写かと思えば、いきなりカリッと写ったりもする。使いこなすには慣れと工夫が必要そうだ。故に面白くもあり、購入してあれこれ試してみたい。

デジタルが主流になって、どれほど解像するかがレンズ性能のバロメーターになった。確かに高画素のセンサーの性能をフルに発揮させるためには高解像のレンズが必要だ。だが、写真表現はそれとは別物だ。高解像だからいい写真になるわけではない。逆にフレアの美しさや、ゴーストのドラマチックさが表現に大きく影響することもある。これまではオールドニッコールや、古い他のレンズをマウントアダプターで使用したりした。

夕暮れ間近の池のほとり。この時間は光が少なくなって、本当に必要なもののディティールのみが見えてくるように感じる。木々の中のディープシャドー、雲の中のハイエストライトまで美しく再現された。諧調豊富なレンズであることの証だ。少しだけシャープに写しかったのでわずかに絞っている。
■ニコン Z6Ⅲ 絞りF3.2 1/50秒 ISO200

ニコンは、解像だけがレンズの性能でないことを十分承知していた。そこでZ50㎜/1.2を始め、85㎜、135㎜プレナといった絞り開放から解像は高いが、ボケも美しく、質感も忠実丁寧に再現できるレンズを投入してきた。ただ、これらは大きく高価だ。

そこで安価だけど大口径でボケ像が美しいレンズを投入した。絞りを選ぶ価値のあるをレンズともいえる。先に発売されたZ35mm/f1.4とZ50mm/f1.4はシリーズというわけではないのだが、今後は他の焦点距離でもf1.4の登場を望みたい。大いに価値のある取り組みといえる。

北海道では8月になるとボンボリのようなこの花がいたるところで咲いている。私は花の名前はほとんど知らない。近寄って見ると小さな花が密集している。慎重に撮影したので狙った花に正確にピントを合わせることができた。ガチャガチャした背景なのだが、そこはボケ味の美しさでクリアしている。
■ニコン Z6Ⅲ 絞りF1.4 1/600秒 ISO160