オリンピック、スキーワールドカップなど世界トップクラスの競技会でアルペンスキーの撮影を続ける薬師洋行氏。言わずと知れたスポーツグラフィック界の巨匠だ。近年、軽量コンパクトなオリンパスのミラーレスを使う機会が多く“食わず嫌い”を自認する薬師氏だが、今年の取材にはオリンパス OM-D E-M1 Mark Ⅱに加えて、初めてパナソニックLUMIX G9 PROを持ち込んだ。現場で持つ機材の軽量化のためやむなくレンズはパナソニック純正ではなくオリンパスを使用したが、果たしてパナソニックのフラッグシップ・ミラーレスを薬師洋行氏はどう感じたのか!

薬師氏のカメラ使用歴:「かつてはスキーW杯取材でもハッセルブラッド500CMを愛用し“一枚撮り”に命を賭けてきた私(笑)です」

画像1: 薬師氏のカメラ使用歴:「かつてはスキーW杯取材でもハッセルブラッド500CMを愛用し“一枚撮り”に命を賭けてきた私(笑)です」

▲1975年2月、苗場スキー場で開催されたスキーW杯、男子回転競技の優勝者、オーストリアのハンス・ヒンターゼア選手の滑り。
■ハッセルブラッド500CM ゾナー250mm F5.6 1/500秒 F5.6 エクタクロームEX ASA 64

その次に心を奪われたのはキヤノンのNew F-1を改良したハイスピードモータードライブ(HSMD、14コマ/秒)だった。「36」という数字に支配されたフィルム時代(1本のフィルムで撮影できたのは36枚だった)14コマ/秒というカメラは驚異的な連写速度で、フィルム1本が2.57秒で終わってしまう速さだったのだ。このカメラ、もちろんフォーカスはマニュアルで、シャッター速度と絞りのみを設定して撮影するだけで、ISO感度とホワイトバランスはフィルムの種類を変え、時にはゼラチンフィルターで対処したこともあるが、驚きのシンプルな撮影だったと言える。

画像2: 薬師氏のカメラ使用歴:「かつてはスキーW杯取材でもハッセルブラッド500CMを愛用し“一枚撮り”に命を賭けてきた私(笑)です」

▲1993年3月、スウェーデン・オーレで開催されたスキーW杯、男子大回転競技でのマーク・ジラルデリ選手の滑り。ED 400mm F2.8の重さは5.35kg、最新型のEF400mm F2.8L IS Ⅲ USMが2.84kgと約1/2の重さになっている。
■キヤノンNew F-1 HSMD Canon FD 400mm F2.8 1/1000秒 F4 コダクロームPKR ASA 64

そしてデジタルへ! 「でも設定に悩むよ。この際“シャッター速度と絞り”を設定すれば撮影できるカメラを作って欲しい!」

2000年代に入って二十年足らず、画期的な進歩をみることになったデジタルカメラである。カメラは家電と化し、複雑な機能が組み込まれ、次第に取説も厚くなっていった。カメラの設定をするにしてもその奥深さに、今も頭が痛くなる私である。たぶん、多くのカメラマンも設定に悩んでいるはず。常々「“シャッター速度と絞り”を設定すれば撮影できるカメラを作って欲しい。それに加えたとしても“ISO、ホワイトバランス”くらいで十分!」と懇願すれども、「それでは売れないんですよ! 付けられるものは何でも付けなくては」と、新製品が出るたびに奥深い“設定のトンネル”に入らざるを得ない状況なのだ。

というわけで果たして隣の芝生は青いのか!? LUMIX G9 PROの取説を読み解くだけで自分なりの設定ができるかチャレンジ!

「シンプルなカメラがベストだ」と言い放ち、設定の複雑さに頭を悩ます、食わず嫌いの私が、今回パナソニックLUMIX G9 PRO+DMW-BGG9 (バッテリーグリップ)を使ってみたのは「隣の芝生は?」という、よこしまな興味だけでなく、説明を受けずに取説を読み解くだけで自分なりの設定ができるのだろうか?と思ったからだ。それともう一つの理由は、常用しているカメラのマイクロフォーサーズレンズを共用できるから、という単純な発想からだ。

画像: panasonic.jp
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パナソニックLUMIX G9 PRO

●有効画素数:2033万画素●撮像素子:4/3型Live MOSセンサー●撮影モード:プログラムAE / 絞り優先AE / シャッター優先AE / マニュアル露出 / クリエイティブコントロール / インテリジェントオート●シャッター速度:60~1/8000秒(メカシャッター)、1~1/32000秒(電子シャッター)●ファインダー:0.5型 / 約368万ドット 有機EL(OLED)■発売:2018年1月25日

DMW-BGG9

カメラ本体と一体化したデザインが高級感を醸し出す、G9 PRO専用のバッテリーグリップ(別売)。縦位置での撮影においては優れたグリップ性で撮影をアシストし、シャッターボタンなどカメラ本体の横位置操作と変わらない操作性の高さも実現。また、カメラ本体に新搭載されたジョイスティックをバッテリーグリップにも同様に搭載。縦位置撮影時でも普段の撮影と同じように、ファインダーから目を離すことなくフォーカス位置を自由に変えられる。

そして設定したのは…

◎ フォーカスモードレバーは動体を撮影するということで[AFC]
◎ AF追従感度、被写体の速度変化(動き)に対する設定は自分の感覚で[敏感目]に
◎ AFエリアは[中央]にして少し広めに
◎ ドライブモードは基本的に[SH1]=20コマ秒
◎ 被写体が見えないところから現れる時には[SH1 PRE]=20コマ秒+数コマ(シャッター押し以前のコマ)
◎ ISOは撮影時の状況(明るさ)によって変える。
◎ WBは[オート]

カメラ背面を中心に配置されている各種ボタンはカメラによって違いがあるのは当然なので、その使い勝手は慣れるしかない。またわがままを言っても仕方がないので、カメラの良さを引き出し、自分なりに使いやすいよう上記のようなシンプル設定にして撮影に臨むことになった。

バッテリーグリップを付けたG9 PROのホールド感は、ボクの手の大きさにジャストフィット。だがシャッターボタンに人差し指を乗せた時、その感触はそれまでボクの使ったどのカメラよりフラットだった。飛び出ていればムダなシャッターが切れることもあるから何とも言えないが、少なからず「薄い手袋を使用しての撮影も想定して欲しい」と感じた次第である。半押し状態をキープする指の強さに、極力集中したことはいうまでもない。

さぁ、スキーレースが始まれば被写体(レーサー)をどのように捉えるかに集中する。

種目によっては時速100km/hを超えるスピードで滑り、どこから飛び出すかわからないこともある競技でもある。雪上ではコントラストがないことや降雪があれば雪にフォーカスを奪われることもあり、様々なフォーカスを止め難い状況があることはいうまでもない。これはどんなカメラを使っても生じる難しいポイントでもある。その為、雪上のどこにフォーカスを止めて置けばレーサーを捉えやすいかに注力する。 

画像1: さぁ、スキーレースが始まれば被写体(レーサー)をどのように捉えるかに集中する。

▲CASSE Mattia(ITA) ※滑降競技:2019年1月25日
▪️LUMIX G9 PRO 焦点距離:210mm (40-150mm F2.8+1.4x) 1/4000秒 絞りF5.6 ISO 400 WB:オート

画像2: さぁ、スキーレースが始まれば被写体(レーサー)をどのように捉えるかに集中する。

▲ MARSAGLIA Matteo(ITA) ※スーパーG : 2019年1月27日
▪️LUMIX G9 PRO 300mm F4 1/2500 秒 絞りF5 ISO 400 WB:オート

画像3: さぁ、スキーレースが始まれば被写体(レーサー)をどのように捉えるかに集中する。

▲ MUFFAT-JEANDET Victor(FRA) ※回転競技:2019年1月26日
▪️LUMIX G9 PRO 焦点距離:210mm (40-150mm F2.8+1.4x) 1/2500 秒 絞りF5.6 ISO 800 WB:オート

G9 PROを使ってスキーレースにもっとも有効だったのは[SH1 PRE]だ。シャッターを切る以前のフレームが数コマ(最大0.4秒で、20コマ秒設定時は8コマ。この詳細は取説には載っていない)記録されるから、少々シャッターチャンスから遅れようとも、確実に被写体を捉えることができる。人間の一般的な反応時間は0.20秒程度というから、その倍近い余裕はあることになる。

スキーレースではレーサーは旗門ごとに右ターン、左ターンを繰り返して滑る(種目によって大小の違いはあるが)。かつてのカメラだとフォーカスの問題で一つのターンに集中して撮影していたのが、AF性能が優れたことによって二つのターンを撮影することも可能になった。そしてついつい欲張ってしまう。一つ目のターンを連写した後シャッターボタンを一度離し、二つ目のターンでもう一度連写するのが私には一般的だが、慣れていないせいもあるのかG9 PROでは一つ目のターンで連写した後シャッターボタンを一度離すと、二つ目のターンを捉えきれなくなってしまう傾向があることに戸惑った。もしAFに破綻がなく、二つのターンを連写し続けたとしても「50コマ」という連写継続枚数の問題が生じてくる。単純計算で2旗門間のレーサー通過時間が2.5秒以内なら連写もOKということになるのだが…。一つのターンにするか、あえて連写を選択するか…。

もう一つ他のカメラとの違いを感じたのは、撮影後の画像確認時のことである。シャッターを切る毎に連写した画像はグループ画像として保存されてしまい(但し、パソコンには一連のデータとして取り込まれるが)、画像確認をするにはマルチ再生してから確認したいグループ画像を選ばなくてはいけないことだった。G9 PROでは4Kや6Kフォトが撮影できるので、それに対応したものだろうと思う。画像確認をあまりしないボクにはそれほど不都合はなかったが、一回のシャッター毎に画像を確認する人にとっては不便なのではないだろうか。 
 

画像4: さぁ、スキーレースが始まれば被写体(レーサー)をどのように捉えるかに集中する。

▲SCHMIDIGER Reto(SUI) ※スーパーG : 回転競技:2019年1月26日
▪️LUMIX G9 焦点距離: 38mm (12-40mm F2.8) 1/320 秒 絞りF6.3 ISO 400 WB:オート

画像5: さぁ、スキーレースが始まれば被写体(レーサー)をどのように捉えるかに集中する。

▲ THOMSEN Benjamin(CAN) ※スーパーG : 回転競技:2019年1月27日
▪️LUMIX G9 300mm F4 1/2500 秒 絞りF5 ISO 400 WB:オート

どんなカメラだって「一写入魂」に努めたい。
それにしても本当にシンプルなカメラは売れないのだろうか?

常々「欲張ってはいかん!」と自身に言い聞かせているつもりの私も、時にはそれを忘れてしまうこともある。「一枚撮り」を信条に撮影に臨んできたのだが、こうも便利になってしまうとついつい…「二兎を追って」しまうことも。これからも、こんなカメラでは「写真が撮れん!」ということではなく、どんなカメラだって「撮って見せる」という気概を持って「一写入魂」に努めたいと思う。

それにしても本当にシンプルなカメラは売れないのだろうか? 未だ証明されてはいない! 誰かボクの希望に同調してくれる人はいませんか。ドイツの高級車などでは、スタンダードなベースを基本にオプションを追加していって、自分の乗りたい車にする方法だってあるんですけど。 

薬師 洋行(やくし ひろゆき)

画像: 雪降るキッツビューエル回転ではコース整備に一役買う筆者。

雪降るキッツビューエル回転ではコース整備に一役買う筆者。

富山県出身。京都外国語大学、東京写真専門学校(現東京ビジュアルアーツ)卒業。1969年にアルペンスキー・ワールドカップを初めて取材した後、オリンピック、世界選手権など世界トップクラスの競技会でアルペンスキーの撮影を続ける。1972年の札幌オリンピックで組織委員会公式カメラマンを務めた後、2018年平昌まで13回の冬季オリンピックを取材。自転車のツール・ド・フランス、全英オープンゴルフ、テニスのウィンブルドン選手権など、スキー以外の取材も多い。2007年からは京都の祇園祭を撮影している。

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